親との死別はつらく悲しいですよね?

 

いつかはお別れの日が来る」と頭ではわかっていても、実際に直面すると本当に大変なことだとわかります。

 

私は約2年前、父親と死別しました。

 

父親は91歳、私は50代半ば。

 

私の周りにはすでに親と死別した人はかなりいらっしゃいました。

 

しかし、聞いているのと実際に体験するのでは本当に予想を超えて大変なものでした。

 

「今現在、悲しみのどん底なの。いったいいつになったら立ち直れるのかな?」と思っておられる方に、私の体験が役に立てばと思いお話いたします。

親との死別、立ち直れるの?何年かかるの?

1.親との死別はどうして悲しい?

自分にとって「親」は血のつながりから言っても、一番近い肉親です。

 

基本的には、生まれてからある程度大きくなるまでは一緒に生活を共にするのがほとんどです。

 

親子は24時間体制で共同生活するわけですから、非常に濃厚に接触するものです。

 

何をするのも一緒ですから、個々の違いはあっても、生活のスタイルやものの考え方など非常に似通ってくるものです。

 

そんな人間関係ですから、親子よりも強いつながりを築いていくことは逆に非常に難しいといえます。

 

そんな人間関係がある日「死別」という形で終わりを迎えてしまうのです。

 

自分の身を切られのと同じくらいの痛みを伴うことは容易に想像できますよね?

 

悲しくて当然です。

2.親との死別を立ち直るために必要なことは?

親との死別」という現実を受け入れるための「時間です。

 

これは人それぞれです。

 

顔かたち、ものの考え方など人それぞれ違いますよね。

 

それと同じで、この現実を受け入れることができるのにも個人差があるのです。

 

意外とすんなり受け入れられる場合(あまりない)もあれば、非常に時間がかかる場合もあります。

 

しかしただ一つ言えることは「誰でも必ず乗り越えて立ち直ることができる」ということです。

 

そのプロセスは一般的には「ショック期→喪失期→閉じこもり期→再生期」であるとされています。

 

このプロセスをもっと細分化し、より具体的に表したものに「悲嘆のプロセス12段階ー哲学者アルフォンス・デーケン提唱ー」があります。

① 精神的打撃 と麻痺状態(shock and numbness)―愛する人の死という衝撃によって,一時的に現実感覚が麻痺状態になる.一種の防衛機制と考えられる.
② 否認(denial)―理性が相手の死という事実の受容を拒否する.
③ パニック(panic)―身近な人の死に直面した恐怖から極度のパニックに陥り,集中力が失われ日常生活に支障を来す.なるべく早く脱却することが望ましく,またパニックを未然に防ぐことも悲嘆教育の大切な目標の一つである.
④ 怒りと不当感(anger and the feeling of injustice)―不当な苦しみを負わされたという感情から強い怒りを覚える.愛する人の死に直接の責任を負う人物(交通事故の加害者など)がいる場合,怒りの対象は明確であるが,より一般的なのは運命や神に対する怒りである.
⑤ 敵意とルサンチマン(うらみ)(hostility and resentment)―周囲の人々や故人に対して敵意という形でやり場のない感情をぶつける.特に最後まで故人のそばにいた医療関係者などはその対象となりやすい.敵意を向けられた人は過敏に反応せず,理解と思いやりを示すことが必要である.
⑥ 罪意識(guilt feelings)―悲嘆の行為を代表する反応で,過去の行いを悔やみ自分を責める.こうした罪悪感の多くは必ずしも論理的な根拠によるものではなく,情緒的な補償作用の一種と考えられる.
⑦ 空想形成,幻想(fantasy formation, hallucination)―空想の中で故人がまだ生きているかのように思い込み,実生活でもそのようにふるまう.
⑧ 孤独感と抑欝(loneliness and depression)ー健全な悲嘆のプロセスの一部であり,必ず克服できるものであるが,早く乗り越えようとする努力と周囲の援助が大切である.
⑨ 精神的混乱とアパシー(無関心)(disorientation and apathy)―日々の生活目標を見失った空虚さからどうしていいかわからなくなり,人生のあらゆることに無関心になる.これも正常な悲嘆のプロセスの一部であるが積極的に乗り越えるべきである.
⑩ あきらめ一受容(resignation-acceptance)ー自分の置かれた状況を「あきらか」にみつめ,つらい現実に勇気を持って直面しようとする真剣な努力が始まる.受容とは消極的に運命に身をゆだねることではなく,積極的に現実を受け入れようとする行為である.
⑪ 新しい希望一ユーモアと笑いの再発見(new hope-rediscovery of humor and laughter)ーユーモアと笑いは健康的な生活に欠かせぬ要素であり,その復活は悲嘆のプロセスをうまく乗り切ったしるしでもある.
⑫ 立ち直りの段階一新しいアイデンティティの誕生(recovery-gaining a new identity)ー以前の自分に戻るのではなく,苦悩に満ちた悲嘆のプロセスを経て,より成熟した人格者として生まれ変わる.

引用:日本臨床麻酔学会誌Vol. 10 No. 4/July 1990 特別講演「死への準備教育」335p~336pより

 

このプロセスのすべてを全員が経験するとは限らず、プロセスも順番通りでない場合もあったり、一時的にまえのプロセスに戻ったり、複数のプロセスを同時に経験することもあります。

 

しかし、振出しに戻るということはなく、徐々にプロセスを進んで行き、最終的にはこのプロセスを終了することができます。

 

いずれにしても、「時間」がかかります。

3.親との死別を立ち直るために何年(時間)かかるのか?

これは、本当に個人差が大きいと思います。

 

数か月で立ち直れる方もいれば、5年以上かかる方もおられます。

 

この悲しみを抜け出るには、多かれ少なかれ「苦しみ」を味わうことになります。

 

残念ながら、逃れることはできないのです。

 

しかし「誰でも必ず乗り越えて立ち直ることができる」ということは紛れもない真実なので、今現在悲しみの真っただ中の方も、必ず乗り越えられるので「自分を信じて」過ごしましょう!

親との死別を自分のプラスにするためには?

1.親との死別が自分に与えたものを考える

①自分を振り返るきっかけになる

亡くなった方は紛れもなく「自分の親」ということを受け止めることになります。

親と自分が今まで生きてきたことを振り返ることによって「自分は何者なのか?」ということを改めて考えることになります。

②親の愛情を改めて知る

自分が一人で大きくなったわけではなく、親が大切に育ててくれたから大きく成長したのだと気付くことになります。

③自分の知らない親を知る

人間は皆、社会とつながりがあり社会での「地位」「立場」があります。

 

生前職場での出来事を親の職場の同僚の方に教えていただいたり、親戚の方から親の人となりを聞くこともあります。

2.親との死別で自分が周囲に対してしたことを考える

①「厚意」「善意」に感謝できるようになる

親との死別に際して、いろいろな方からの「厚意」「善意」を受けることになりますが、その気持ちに改めて感謝できるようになります。

②同じ立場の人の気持ちがわかる

親との死別した方の気持ちがわかり、優しい言葉をかけたり思いやることができるようになります。

私の体験談

私の父は慢性心不全で亡くなりました。

 

入院してわずか5日目であっという間にお別れとなってしまいました。

 

亡くなった日に限り面会に行かなかったのです。

 

その日以外は毎日様子を見に行きました。

 

時間の余裕がなくあの日に限って病院に行かなかったのです。

 

夜「お父さんの心臓が先ほど止まりました」と連絡を受けた時は「何のことですか?」という感じで自分の父親が亡くなったことが飲み込めず、連絡をしてきてくださった先生が「あの、何時くらいにこちらへ来られますか?」と問われてはじめて「えっ?病院に行かなきゃ行けないんですよね~」とトンチンカンな返答をしてしまいました。

 

それからあわてて病院に駆けつけましたが、すでに父は亡くなっており、一瞬「どうして?昨日まで帰る気満々だったじゃない?」と父の死を全く受け入れられませんでした。

 

しかし、すでに心臓は止まっているため病院に居続けることはできないので葬儀屋を手配して、迎えにきてもらいました。

 

通夜、葬儀と進んで行きましたが「なぜ?前の日まで帰る気満々だったのにどうして?」という受け入れられない気持ちでいっぱいでした。

 

父に触れれば冷たい。

 

「もう生きてないんだ」とはわかりましたが「どうして?」という思いでいっぱいで、どうしても「死」を受け入れられませんでした。

 

火葬が済んで実家(父が一人暮らし)へ連れて帰った時も、仏壇の前にお骨を置いて「お父さん、やっとお家に帰って来たよ。一人にしてごめんね。毎日のぞきに来るからね」と話しかけ、自分の家(実家の近く)に帰宅しました。

 

しかし、翌日からは実家へ行くことはできても家の中へはどうしても入れず・・・

 

父が生前座っていた椅子、布団、食器など、見ることも触ることもできませんでした。

 

父が入院した朝、食べ残していた朝ご飯(宅配のお弁当)を処分するのに2週間かかりました。

 

とにかく、実家に入ると滝のように涙があふれて号泣するので、よほどでない限り家の中には入れない日が続きました(半年近く)。

 

実家の外から仏壇に向かって手を合わせては、亡くなった日に面会に行かなかったことを何度も何度も泣きながら謝る日々でした。

 

これだけでも、元気が出るまでには相当の時間がかかったかと思いますが、人が亡くなると「遺産相続」をしなければならず、そのために父の遺品を整理しなくてはなりませんでしたが、さすがにこのような状況ではできないので兄弟に任せました。

 

それでも、父の身に着けていた服などが処分されるのを見るたびに息苦しさを感じるほどつらかったです。

 

「やらなきゃいけないこと」とはわかっていても、父の存在をも否定される感じで遺品整理は本当に立ち直りを妨げたと思います。

 

また、父と一緒に行った場所や見たTVなど、父を思い出すようなものに触れては(偶然に)涙が止まらない日が何日もありました。

 

もちろん、父の写真も見れません。

 

コロナ禍でもあったので、気の合う友人とトークでストレス解消とも行かず、本当に苦しい日々でした。

 

私が頼ったのは、「グリーフケア」でした。

 

親戚など、話のできる人を捕まえては電話で話してはみたものの気持ちは晴れず、むしろその時にかけられたくない言葉をかけられたりして、逆に怒りや悲しみがわいてきたため「プロ」の力をお借りすることにしました。

 

特に「いつまでも悲しんでいてもどうしようもないからね!」という言葉は堪えました。

 

悲しい気持ちを十分に出さずに蓋をしてしまうと、回復が遅れるそうです。

 

悲しいものは悲しいのです。

 

いくら泣いたってかまわないのです。

 

「怒り」や「後悔」の気持ちが消える日まで、涙が出るときは思う存分泣いて「自分の気持ちを受け止める」方が回復が早いそうです。

 

「自分はお父さんを失って悲しいんだ!」という気持ちを素直に受け入れなければ、本当の意味で前には進めませんね。

 

号泣というほどの涙が出なくなるまでには約1年かかりました。

 

そのうちに実家の外から仏壇に向かって手を合わせるとき「お父さんごめんね!」→「お父さんありがとう!」に変わっていることに気が付きました。

 

そうして父の写真を見ると「笑顔の父」がとても輝いて見えました。

 

ここまでくると、日によっては涙がでない日も出てくるようになりました。

 

今現在は「父の笑顔がみたい」と思いながら仕事が少しずつできるようになってきました。

 

私が嬉々として生活していることが父の笑顔につながるのでは?と思えるようになっています。

 

まだまだ「完全に抜け切れた」という状況ではありませんが、当時に比べると、気持ちはずいぶん前向きになったと思います。

まとめ

いかがだったでしょうか?

 

生老病死」生き物は避けては通れないものですよね。

 

特に、つながりの強い「親」との死別は辛いものだと実感しています。

 

私はまだ完全に抜け切れているわけではありませんが、少なくともこうして当時を振り返っても「涙が出て止まらない」という状況にはなっていません。

 

今、悲しみでいっぱいの方も「必ず乗り越えて立ち直ることができる」ということを信じて下さい。

 

必ず夜は明けますから。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。